管理職ヘンカク研究所

第二章 上海が世界一の都会になるか?

上陸

上海に降り立った時、
中国のにおいがした。

それは数十秒もしたら
もう感じることができなくなってしまう
儚いものであったが、
確かに中国のそれであった。

私を旅に取り憑かせてしまったこの国に
再び(三たび)やってきたことを
実感した時、
いつになく私は興奮した。

心の底から興奮した。
この旅が何かすばらしいものに
なるような気がした。

しかしやはり中国は中国であったのだ。

上海駅

宿を決めた後、
すぐに3人で
次の目的地への列車の切符を買いに、
上海駅へ行った。

まずは外国人用の窓口に並んで
問い合わせてみたのだが、
答えは「没有(メイヨウ)」
(「無い」という意味 )であった。

私が広州、
Aくんが成都、
Tくんが西安と、
3人とも目的地が違うのに、
全て「没有」である。

「これが中国だよ」

そんな話をしながら
今度は一般用の窓口に行ってみた。

ここはさっきの窓口とは
比べ物にならないくらいの
大量の人でごった返していた。

窓口の数も十以上はある。
そして人々は
なぜか妙に妙に殺気立っている。

3人で
切符の予約状況を流す電光掲示板
(上海は中国一の都会なので、こういうものはある)
を眺めていようものなら、

横から後ろから人はぶつかってくるわ、
怪しげなおっさんが
ニヒルな笑みを浮かべて
声を掛けてくるわで、
なんだか大変なのである。

兎にも角にも
我々も並んでみることにした。

それぞれが別々の列に並んだ。

ところがここで私は
重要なことに気づいたのである。

私は中国語が全く話せないのだ。

上海に着いてから
順調にここまで
やって来ることができたのも、

Aくんの語学力と、
Tくんの上海の地理に関する知識の
おかげなのである。

しかしここは
自分で何とかやってみるしかない。

私は『地球の歩き方』の
広州のページを思い切りひらき、
そこに「明天(明日)」と書き込んで
窓口のお姉さんの前に突き出した。

もちろんとびきりの笑顔も添えて。

彼女はこの
中国語を解せない男に戸惑ったのか、
上司らしき年配の男性を呼んできた。

もうこうなったらこっちのものである。

頭ごなしに
「没有」
と言われる可能性は
ほとんどないだろう。

私は調子に乗って、
硬臥(二等寝台)に乗りたいだとか、
明日がないのなら
明後日でも良いだとかいうようなことを
身振り手振りに筆談も交えて訴えた。

窓口のおじさんも
何とかこの日本人の言うことを
理解してくれたようなのだが、
本当に席が空いてなかったようだ。

切符は取れなかった。

しかし、
AくんやTくんがあっさり
「没有」
と言われたのと比べると、
空席を一生懸命探してもらえたことは
私にとっては大きな収穫であった。

こちらが真剣に訴えれば
応えてもらえるんだ。

また一つ、旅に対して自信が持てた。

結局切符の取れなかった3人は
再び外国人用の窓口に戻り、
妥協に妥協を重ねて、

Tくんが
最も安いが苦痛極まりない硬座(二等座席)、
私とAくんは
最も快適だが値段がやたらと高い
軟臥(一等寝台)を購入した。

上海タワー

その日の夜、
Tくんが昨年中国を旅した時に
知り合ったという女性と、
夕食を食べに出かけた。

彼女は
まだ二十歳なのにもかかわらず
日本語がペラペラで、
その上英語も話せるという
本物のバイリンガルであった。

夕食の帰り、我々4人は
中国の山下公園ともいうべき
外灘というところで
上海の夜を楽しんだ。

こちら側の岸には、
外国人居住区時代に
建てられたという
西洋風のクラシックで重厚な建物が
ライトアップされて建ち並んでいる。

対岸には、
今や上海の新しいシンボルであるという
上海タワーが
怪しい光を放ちながら聳え立っている。

そして外灘には
若いカップル、家族連れ、
それらを相手にした物売りたちが
溢れ返っていた。

青からピンク、黄緑、紫等々
趣味の悪い色へと変化してゆく
上海タワーを見ながら、
彼女の将来の夢の話を聞いた。

上海は今はまだ
中国一の都会止まりだけれど、
10年後には世界一の都会となり、
世界の中心となるのだという。

そして彼女自身は、
この街で外国人を相手に
花屋をひらくのが夢だという。

あの趣味の悪い上海タワーを見る限り、
駅の切符売り場にごった返す人々を見る限り、
上海はまだ世界の一流の都会には
なり得ないというのが正直な感想だ。

しかし今の日本の若者の中で、
三ヶ国語を操り、
自分の街に対して
こんなに大きな夢を持っている人は
いったいどれくらいいるだろうか?

もちろんすでに日本は
世界の最先端の国であり、
我々はその中で生まれ育ってきたのだから
考え方の違いは当然なのだが、

一介の会社員である彼女が、
上海という街に対して
こんなにも大きな希望を抱いていることに
私は驚いた。

それとともに、その彼女が
花屋という少女の夢も
持ち合わせていることに
少しほっとしたのであった。



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