管理職ヘンカク研究所

第三章 中国最悪の治安、広州駅前

出会いと別れ

翌朝5時半、
まずはTくんが宿を発った。

私とAくんは寝ぼけながら

「グッドラック」

と、真っ暗な部屋を出る
彼の背中につぶやいた。

そして昼過ぎには私が
上海駅に向けて宿を出た。

こうやって、
昨日出会った仲間が
今日は一人また一人と
旅立っていく。

これが旅なんだ。
出会い、そして別れ。

この旅を通じて、
旅で出会った全ての人たちが
無事祖国に帰れるよう、
私は心の底から
願わずにはいられなかった。

大陸横断鉄道

上海は雨であった。
上海タワーも白く霞んでいた。

真っ昼間から人が多い
外灘を歩き、
中国最大の繁華街である
南京路を通り、
地下鉄に乗って
上海駅にやってきた。

初めて中国を訪れた時から、
私はこの
大陸を走りぬける列車に
乗ることを夢見てきたが、
今、夢が一つ叶えられた。

車内の様子

一等寝台は非常に快適であった。

ベッドは4つ。
二段ベッドが向かい合う形で
一つの部屋になっている。

私のベッドは上の段だ。

下の段には
30歳前後と思われる
冴えない顔をしたお兄さんが。

向かいのベッドには
中年の夫婦が
それぞれ陣取っていた。

軟臥に乗っているくらいだから
この人たちはきっと
金持ちなんだろうな。

などと考えているうちに
私は眠ってしまったようだ。

翌朝早く目が覚めて、
顔を洗い、
ベッドに戻って本を読んでいたら
再び眠ってしまっていた。

他にすることがないのだから
仕方がないのだ。

交流の始まり

昼過ぎに目が覚めた時、
向かいのベッドで
これもまた暇そうに
寝転がっていた
奥さんと目が合った。

彼女が
英語を話せる人であったので、
自然と会話が始まった。

「お兄さんどこから来たの?」

「日本です」

「日本のどこ?」

「東京の近く」

「へぇー。年はいくつなの?」

「22歳」

「このあとどこへ行くの?」

「広州のあと香港に行って、
 昆明へ行って、
 ベトナムに行きたい」

「ちょっとあんた聞いた?
 この子ベトナムに
 行くんですってよ!」

なんて具合に、
旦那さんや
冴えない兄さんも巻き込んで
話が進んでいった。

他にも中国は何回目だとか、
中国の印象はどうだ、
兄弟は何人いるんだ
などということまで、
さまざまなことを聞かれた。

一通り質問攻めにあった後、
奥さんが

「お腹空いてるでしょ」

と言ってパンをくれた。

そういえば
昨日の昼から私は
何も食べていなかったのだ。

てっきり
売り子が売りに来るものだと
ばかり思っていたのだが、
一度も売り子なんか来なくて、
私は空腹を
こらえていたのだった。

中国のパンは
不味いという噂であるが、
私にとっては
非常に美味いものであった。

あまりにも美味しそうに
パンを食べていたのであろうか、
奥さんはもう一つパンをくれた。

もちろん
私はありがたく頂戴し、
即、平らげた。

さらには
冴えない兄さんまでもが
カップラーメンをくれた。

中国人は
まったくの他人に対しては
無愛想であるが、
一度親しくなると
非常に親切にしてくれる。

このあたりが
私を中国に駆り立てる
一つの要因なのであろう。

近づく広州

奥さんが私に

「あなたは中国語は話せるの?」

と聞いてきた。

「いや、実のところ
 全然話せないのだ」

私がそう答えると
奥さんは

「だったら広州より先は
 どこへも行けないわよ」

なんて
心配そうな顔をして私に言う。

心配してくれるのは
ありがたかったが、
広州より先、
何とかやっていける自信が
私にはあった。

根拠のない
自信ではあるが、
何とかなるだろうという
気がしていた。

しかしそれはあくまでも
「広州より先」
である。

問題は今日の広州である。

『地球の歩き方』にも、
「ともかく
 大変治安の悪化している
 広州の町。
 命と金と荷物を守るのに
 真剣に取り組んでほしい」
なんて
書いてあるではないか。

にもかかわらず、
到着時刻の夜9時を過ぎても
列車は元気に走り続けている。

9時に着くのだって
十分不安なのに、
大きく9時を廻って
しまっているではないか。

いったい
どうなっているのだこの国は。

そう鼻息を
荒くしてはみるものの、
どうしようもないので
とりあえず寝ることにした。

このまま今夜は
広州に着かなければいいな、
なんて思いながら。

広州駅

しかし事態は
最悪の方向へと向かっていく。

11時半くらいであっただろうか、
部屋に突然
無愛想な女車掌が入ってきて、
無愛想なまま
我々のベッドのシーツを
剥がし始めた。

乗客が寝ていようが
何をしてようが関係ない。

自分に与えられた仕事を
機械的に
こなしている風であった。

これはなにも
この女車掌に
限ったことではない。

中国の客商売は
ほとんどが
無愛想、事務的、機械的
である。

たまには笑顔で
「ありがとうございます」
の一言でも
言ってみろコノヤロー。
と言いたくなる。

そして
この女車掌が来た
ということは、
もうすぐ広州に着く
ということなのである。

広州駅に到着

夜中の12時、
とうとう広州駅に
到着してしまった。

奥さんが
「付いてらっしゃい」
と言うので、私は
夫婦の後に付いて改札を出た。

夜中だというのに
駅前には
何千という人がいる。

盲流と呼ばれる、
地方から出てきたは良いが
職にも就けず家もなく、
ただこの駅前で
たむろしている人たちである。

広州駅前の治安を
中国最悪にしているのは
彼らである。

彼らの横を抜けて、
我々はタクシー乗り場に
やってきた。

奥さんは、
この日本人を
宿まで連れて行って
やってくれやしないかと、
運転手に交渉を
してくれているようであった。

昼間、
奥さんと話をしている時に
「今夜はこの宿に泊まりたい」
と、ある宿を
伝えてあったのが
ここへきて生きた。

おかげで私は無事、
最悪の広州駅前を
脱出することに
成功したのであった。



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