管理職ヘンカク研究所

第五章 広州の女神

飲茶屋

夜が明けるのが
これほど嬉しいと感じたことが
今まであっただろうか。

太陽よ、
今日も昇ってくれてありがとう。

私は本気で太陽に感謝した。

朝6時、
ようやく憎き広州青年旅舎を
後にすることができたのだ。

私はふらつく足で
食べ物を探して歩いた。

背負った荷物が
いつもより重く感じた。

老人会

とある飲茶屋を発見して
喜んで中に入った。

飲茶屋の客は全てが老人であった。

私は老人会の中に放り込まれた
異国の若者であった。

普段ならば
そのまま回れ右をして
店を出るところなのだが、
空腹には勝てない。

勇気を出して店の中に入っていった。

みんなが一斉に私の方を見た。

私も飲茶屋に入るのは初めてで、
入ったところで
どうしたら良いのか
皆目見当がつかない。

へらへらと薄ら笑いを浮かべながら、
その場に立ち尽くすのみであった。

女神登場

そんな私の前に女神が現れたのだ。

テニスのシュティヒ・グラフを
10歳老けさせて
髪を黒くさせたような
その女性の店員は、
私を円卓まで連れていってくれた。

彼女はさらに

「オハヨウゴザイマス。ウーロンチャノム?」

なんて日本語で
話しかけてくれるではないか。

まさに地獄に仏とは
この事だと思った。

彼女の手引きで
私は思う存分飲茶を楽しんだ。

向かいに座ったおじいさんは、
お茶が無くなった時、
急須の蓋をずらしておけば
店員が新しいお茶を持ってきてくれる
ということを教えてくれた。

言葉は通じないけど
何となく分かった。

何よりも嬉しかったのは、
グラフ似の女神をはじめ
店員がみな優しいということであった。

店を出る時、
グラフ似の女神にこう尋ねた。

「広州駅ニ行キタイノダガ、
 コノ近クニバス停ハアルカ?」

そうすると女神はなんと
わざわざバス停まで
私を連れていってくれたのだ。

私はこの数時間で、
地獄と天国を味わったような気がした。

「中国もまんざら捨てたもんじゃないな」

そう思いながらバスに乗り込んだ。

広州駅

広州駅の切符売場も
人でごった返していた。

ここで私は香港の手前の町、
深圳行きの切符を購入した。

深圳は広州から近く、
列車の本数も多いので、
簡単に切符を買うことができた。

駅の前にも大量の人がいたが、
駅の中も人でいっぱいだった。

列車の出発までには
まだ時間があるようだったので、
私は片隅に腰を下ろし、
駅の中で繰り広げられる
人間模様を観察して
暇をつぶしていた。

切符を持っていないのに
乗客のような顔をして
寝転がっている男の人を、
女性の駅員が
青筋を立てて追い出していた。

妊婦さんが苦しそうに
私の前を歩いていった。

私の隣には
二十歳前後の女の子が
二人座っていて、
何やら話をしていた。

少女たちとの会話

その女の子が中国語で
私に何か話しかけてきた。

私は手帳を取り出し、
ここに書いてくれないかと
彼女に手帳を手渡した。

手帳に書かれた文字から
推測すると、彼女は

「あんたはどの列車に乗るんだ?」

と質問をしているようなので、
切符を見せた。

次の質問はおそらく

「あんたの家はどこだ?」

であると思われたので、
私は日本と書いた。

その次の質問は
まったく読み取ることが
できなかった。

彼女は達筆な上に、
今回の文章は
見たこともないような
文字ばかりで
構成されていたので、
からっきし分からなかった。

何か手掛かりを探そうと
彼女たちと
悪戦苦闘しているうちに、

「あんたは日本から来た。
 そして今は深圳に行こうとしている。
 これ如何に?」

と言っているのが分かってきた。
そこで私は

「観光だ」

と書いたところ、
二人は不思議そうに
顔を見合わせていた。

あとで
中国語の分かる日本人に
この手帳を見せたところ、
これらの一連の会話に
不自然なところは無いと
言っていた。

そうすると彼女たちが
不思議そうな顔をしたのは、
わざわざお金を出して
観光をすることが
信じられなかったからだろう。

実際どこの国へ行っても
旅をしているのは
先進国の人たちである。

世界の多くの国の人たちは
趣味なんかでは旅に出られないし、
そんな思想も
持ち合わせていないのだ。

私は自分が実に少数の部類に
属していることを実感し、
この世界には確実に
貧富の差があることを感じた。

そして、自分が
非常に貴重な経験をしていることを
実感した。


第四章はこちら



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